アルツハイマー病になる前に考えておくべきこと

a0001_013273
スポンサーリンク

最も泣ける親子愛を豊川悦司&芦田愛菜のダブル主演でお届けするドラマとして、以前日曜9時から放送されていた「ビューティフルレイン」のドラマを久しぶりに見た。

このドラマは、若年性アルツハイマー病になった豊川悦司がどうなるんだろう?という感じのドラマであったが、第1話と今日の最終話しか見ていなかった。最終話を見て意外と感じたのは、

「本当にアルツハイマー病だったの?」

という印象があった。

1話を見たときには、買い物に出た豊川悦司が自分に家までの道順が分からずに帰って来れずに夜を迎えるエピソードがあったので、最終話ではもう介護なしでは生きられないような寝たきりに近い、あるいは、徘徊を繰り返し、アルツハイマー病の残酷さを描いたような作品になるのだと予想していたが、本日見た最終話だと、販売機の買い方を忘れたぐらいで、あとはこれからいろんなことを忘れていくだろうけど、子供のために頑張ろうという感じで終わっていた。

悪くはないけど、そういう趣旨のドラマだったのか。

このドラマからヒントになったのは、もし自分がアルツハイマー病になったらノートに一日のスケジュールを細かく書いて自動化してしまえば良いということだ。

先日にアルツハイマーのドキュメンタリー番組を見たときに、次にすべきことを

「何やるんだっけ?」

とすぐに忘れてしまう症状が良く見られた。だから1日のスケジュールを事細かに書いておき、次は何にするんだっけ?と思ったらすぐにノートを見て、次にすべきことを思い出してやるようにすればなんとかなるような気がした。しかし、それも初期症状のうちだけで、「忘れたらノートを見る」ということすら忘れるまで悪化したらどうにもならないだろうから、アルツハイマーは怖いと思う。

賛否両論あるとは思うが、アルツハイマー病に対する描き方としては、ビューティフルレインのアルツハイマー病の主人公の「生」の選択肢を選んだより、私は福本伸行作「天」の「逝去」の選択肢を選んだアカギ(赤木しげる)の生き方の方が好きだ。

「今の自分が自分でなくなったら生きている意味はない。」
しかし、もし私がアルツハイマー病になったとしても赤木しげるの選択肢はマネできないだろう…。

両親や周りの人間もいるし……そこがビューティフルレインの主人公と赤木しげるの決定的な違いだろう。

アルツハイマーになった後、自分はどう生きていけば良いのか?

「自分が自分であるうちに」、「自分が分からなくなる前に」、決めておかなくてはならない事の一つなのだろう。

スポンサーリンク